2017年11月24日金曜日

マトリョーシカのスペシャルBOX☆

お客さまからお聞きしたのですが
「アリョンカ」が顔認証されるチョコレートとして
SNSなど、最近巷で話題になっているのだとか。

そんな「アリョンカ」のミニプレートチョコが入った
プレゼントBOX入りのマトリョーシカセットができました!
5月のチェドックザッカストア浅草でのイベントで
ご好評をいただきました
ロシアの生地をデコパージュしたBorittoさんの小箱に
マトリョーシカのストラップとキーホルダーを入れて
とってもお得な一品となっております。
数に限りがありますので気になる方はお早めにどうぞ~☆

キーホルダーはトヴェリのおもちゃ工場製。
小ぶりながらとっても美人さんです♪

2017年11月23日木曜日

ソ連時代のバッヂ☆

今回は量は少なめですが
いつもは買わないようなシリーズを買ってきてみました。

お話しシリーズとか、

乗り物の中でも「車・トラック」とか。
ニジニ・ノブゴロドに「GAZ」という
ソ連時代から続く大きな車工場があって
そのエンブレムがかっこいいな~、と思いまして。
一つだけ「ZAZ」という工場のエンブレムがあります。
いつもバッヂを買わせてもらってるおじさんが
「ああ、ZAZね…(にやにや)。
ソ連でいちばんヘンテコな車で有名だったんだよ」とのこと。

なんか、ちょっとおしゃれです~☆

他にも人気のレーニンバッヂや、

宇宙ものも買い足してきました。

こちらもパルクにしては珍しく
モスクワオリンピックのマスコット、こぐまのミーシャ。
なんでミーシャって、
時々すっごく目つきの悪いやつがいるんでしょうね?

ロシア買い付けの旅☆ロシア革命100周年

最近、モスクワでの宿泊地にしている地区に
「モスクワ博物館」があります。
3つの展示館があり中庭が通り抜けできるようになってて
便利なので何度か通っていたら
店主にとって何ともタイムリーなプログラムが
開催中だったので見学してきました!

2017年はロシア革命から100周年。
すでにソビエト連邦が崩壊して25年以上経ち、
その功績を讃えるにはアレだし、
とは言え大失敗だったと言ってしまっては
いろいろと問題がありそうな複雑な雰囲気。
そんな中、博物館では『リュビーモフと時代』と題して
ロシア革命の起こった1917年生まれのリュビーモフの
生涯と共にこの100年を振り返ります。

「リュビーモフと時代」が開催された第1展示館のファサード。
ちなみに第2展示館は修繕中、
第3展示館はミュージアムショップや観光ビューロ、
子供向けセンターやカフェなどが営業中。
中庭ではときどき蚤の市やマルシェが開かれていて
なかなかオシャレなスペースとなっています。

第1展示館の中に3つのパビリオンが入ってます。
「リュビーモフ展」はスロープを昇って2階。
この建物、なんか作りがおかしい…
と思ってモスクワ博物館のサイトをのぞいてみました。
もともとは1835年に帝国軍の食糧倉庫として建てられ、
ほとんど当時のまま現存する貴重なアンピール様式建築群。
ソ連時代には軍参謀本部の車庫として利用されていたそう。
なるほど…

タガンカ劇場の生みの親、ユーリー・リュビーモフは
1917年、リャザンで生まれました。


広ーい展示室は3部に分かれています。
特殊ガラスで隔てられたこちら側は
1917年から現代までのリュビーモフの人生と
ソ連、ロシアの年表が綴られています。

特殊ガラスのもう一片では
タガンカ劇場で使用された舞台の再現を試みています。
第3部ではドキュメンタリーフィルムが上映されていて
生前のリュビーモフやヴィソツキーの貴重な資料を
観ることができます。

私からするとほとんど「お化け屋敷」。こわいです~!
5つほどの舞台が再現されていましたが
タイトルを書き留めるのを忘れてました。
画像のみでタガンカの舞台をご想像くださいませ。

「巨匠とマルガリータ」の舞台にも使用されている
ロープをざくざくと編んだような緞帳も展示されています。
これ、あれですよね・・・
怖くて近寄って見れなかったです。





2017年11月22日水曜日

ロシアのチョコレート入荷☆

ロシアのチョコレートがたくさん入荷しました!
プレゼントにぴったりなかわいいパッケージの
チョコレートを取り揃えましたよ~♪

ウィンターシーズンBOXに入った
チェリークリームのミルクチョコレート。
たっぷり、20個入っているので
人が集まる場所への差し入れにもぴったり♪

こちらはヘーゼルナッツクリーム入り☆

マトリョーシカの包み紙の5個入りダークチョコレート
前回品切れてからたくさんのお客様から
お問い合わせいただいてました
アリョンカ・ミルクチョコレートも再入荷しました!

ブルガリアのバラの花びらのジャム、
リトアニアの百花の生ハチミツ、
ハーブティーやブレンド紅茶など、
ちょっとした贈り物にもご好評いただいてます。

2017年11月19日日曜日

ロシア買い付けの旅☆ヴィソツキーをめぐる~タガンカ劇場

井上徹氏と開催しています「傑作ロシア映画ナイト」で
ウラジーミル・ヴィソツキーについての作品を準備中です。
上映会の時に何か関連商品を販売したいな、と思い
タガンカ劇場とヴィソツキー博物館に行ってきました。

自分の備忘録にタガンカ劇場についてふれておきます。
長いですよ~。

1911年、流行のネオクラシック様式建築を用い、
当時最先端の無声映画上映館としてオープン。
ロシア革命や世界規模の戦争の中、経営は立ち行かず
1922年にバフタンゴフ劇場のスタジオとして経営移譲、
マールイ劇場の支部として利用されていました。
1930年代は当地を管轄する革命軍書記の名を取って
サフォノフ劇場として活動を続け、
1946年、モスクワの演劇スタジオ出身者や
地方劇団の役者をそろえてドラマ劇場として再編。
60年代、首都で最も動員の少ない劇場の一つの汚名から
64年にアレクサンドル・プロトニコフが主席演出家を解任、
当時バフタンゴフ劇場で役者として名をはせていた
ユーリ・リュビーモフが任命されます。
リュビーモフは「タガンカ劇場」と名称を改め、
バフタンゴフ劇場付属シューキン演劇学校の教え子を率い
卒業公演作品であるブレヒトの「セチュアンの善人」を上演。
新しい、現代的な劇場をオープンさせ人気を博します。
常に実験的で反体制的な作品作りを試みるリュビーモフは
当局からいつもにらまれ、1984年、ロンドン滞在中に
ソ連市民権をはく奪され亡命を余儀なくされます。
リュービーモフ不在の劇団はエフロス、グベンコ演出のもと
活動を続けます。
体制を見直すペレストロイカ政策が進む中、
1989年にリュビーモフの市民権が復権されると
タガンカ劇場美術監督として任命されます。
舞台監督としてタガンカ劇場を守ってきたグベンコは
一部の俳優と共に新しく隣に建てられてた劇場を拠点に
「タガンカ俳優協同組合」を組織し分裂。
リュビーモフを慕う残りの一座は「タガンカ劇場」として
ロシアで人気の劇場の一つとなりました。
2011年に俳優たちとのトラブルからリュビーモフが退陣。
その後、ワレリー・ゾロトゥヒンは健康上の理由で退職、
ウラジーミル・フレイシェルは一年契約で劇場を去ると、
2015年からは、女優であり歌手、テレビタレント、
そして様々な演劇プロデュースを手掛けてきた
イリーナ・アレクシモワを演出家に迎え、
長い歴史を持つ劇場に新たな魅力をくわえている。
(「タガンカ劇場」公式サイトより)

地下鉄タガンスカヤ駅から徒歩5分ほど。
ヴィソツキーの死後20年を記念して
2000年にかつての住まいが博物館としてオープン
内部は撮影禁止と言うことで写真は外観だけです。
売店にカレンダーとかミニ本とか売ってたのですが
「今日は売り子がもう帰った」
ということで今回は収穫無しです。。
その上どうも本人の書斎も見学できてなかったみたい。
春の買い付けの際に再度チャレンジしてみます。

で、本題はこちら。
ヴィソツキーが何度も舞台を踏んだ
「タガンカ劇場」でお芝居を観てきました!

また~?と言われそうですが(笑)
ブルガーコフ原作の「巨匠とマルガリータ」を。
日本で二度観て、ロシアでも一度観てますが、
どちらも演出はワレリー・ベリャコーヴィチ。
タガンカ版は初めての鑑賞です。

エントランスはコンクリ打ちっぱなしで
倉庫のような雰囲気でかっこい~♪

長い歴史の中で多くの有名俳優を輩出してきました。
老いも若きも、みなさん写真撮りまくり!

1980年、タガンカ劇場で行われた
ヴィソツキーのお別れ会には劇場前の広場はもちろん
道路を埋め尽くすほどのファンであふれたそう。

おトイレの案内もおしゃれ~☆
年頃の娘さんとお母さん、という組み合わせや
学生さんのグループ、お一人さまのOLさんとか、
様々な年代のお客さんでごった返すロビーは
不思議と居心地が良いんです。

「ロシアで観劇」のお楽しみ☆
今回はちょっと洒落込んで奮発しました。
ロシア・シャンパンにサーモンのオープンサンド。

ベリャコーヴィチ演出の「巨匠とマルガリータ」は
何枚も吊り下げられた大きなトタンが有名ですが
こちらもすごいです!
最初から最後まで吊り下げられた大時計の使い方にも
びっくりしましたが
なんと、本物のイヌが客席まで降りてきたり(!)
悪魔の一味があれこれしていると帽子の中から
本物のネズミが~(!!)
しっぽをぶちっと引きちぎって客席へ放るという(!!!)
店主はネズミがホントに嫌いなので
「ぎゃ~!」と叫んでしまいました・・・
(もちろん、ただのロープでした(笑))
いや~、もう一度観てもいいな。

翌日乗った地下鉄の広告がおもしろかったです!
「巨匠~」の一節でマルガリータが悪魔の夜会に呼ばれ
部屋で支度をする場面。
それをイケアの家具で再現しているのです。
それだけロシアの人たちに浸透している作品なんですね。

2017年11月17日金曜日

ロシア買い付けの旅☆モスクワマラソン

ニジニ・ノブゴロドはこの辺にして
モスクワに行きます~☆
滞在中の9月24日、モスクワマラソン大会が開催されました。
最後の夏の名残といった感じのお天気の中
ランナーたちも気持ちよさそうでした。
それにしても、いつもは広い車線を車で埋めつくす
モスクワの中心地に全く車が走っていません。
なんというすがすがしい光景でしょう!

ルィジニキ・スタジアムからスタート!
モスクワ川に沿って、その後環状道路や中心地を走り、
ルィジニキ・スタジアムに戻ってゴールです。

宿泊先の目の前の環状道路も交通規制中。

これは気持ち良いわ~☆

フルマラソンと10km参加者の分岐点。
42.2kmって…、さすがロシア(笑) 

ロシア買い付けの旅☆セミョーノフ②

それでは本題のホフロマ塗り見学です♪

ホフロマ塗り工房の敷地はとっても広いです!
木工部、マトリョーシカ絵付け部とは別棟に
ホフロマ塗り絵付け部があります。
外を歩いて別棟に移動する際に通る壁面に
ホフロマ塗り誕生の歴史が写真と共に紹介されています。

大きな木のカゴ一杯に生産されていたようす。

驚くことに現在でもこの木製のカゴが使用されています。
ガイドさん曰く
「すごいでしょ~。百年以上前からこれ使ってんのよ。
どんなに技術が発展しても良いものは残るのよね」
軽くて、丈夫、
ちょっとくらい壊れてもその部分だけ木を接げば
何年でも使えるんですって。

マトリョーシカの絵付け部とはまた違って
ホフロマ絵付け部はキラッキラ~☆

木の土台にアルミとニスを塗り焼き付けると
アルミが化学反応して黄金に輝きます。
焼き上がったものに絵付けして、保護ニスをかけ、
3,4度かけて絵付けとニスを重ねて作品になります。

ホフロマ工房では陶器にも絵付けします。
絵付け部分はニスで熱保護して焼き付けますが
食品を乗せる部分は白く残すためニスをかけず
釉薬をかけて焼け過ぎないように保護します。

電気窯の前で焼かれるのを待つスプーンたち。
木を窯で焼くなんて!
銀色のアルミが高温に熱することで黄金に輝くなんて!
直に見ても、ホント不思議です。

こちらは工房付属の博物館。
今までもたくさんの工房で目にしてきましたが
ロシアでは自社で製作したものは
次の注文に応えるため、また次世代に受け継ぐため、
サンプルを保管する習慣があります。
この小さなイスたちはソ連時代から現代まで、
ロシア各地の保育園で毎年大量受注がある人気商品。
いろいろなデザインがあってかわいいです♪

ソチオリンピックでオフィシャルグッズに認定された
ホフロマ工房製品。
選手村開場の時に日本のニュースでも写った
ウェルカムマトリョーシカちゃんも保管されていました。

こちらは年明けから発売開始となる予定の
2018年サッカーワールドカップ公式グッズ☆
侍ジャパンも出場が決まってますからね!
私も今から楽しみです♪

ホフロマも新しいデザインに挑戦してるのね~、
と思っていた「緑のスズラン」シリーズ。
実はすでに30年以上の歴史があります。
1929年モスクワ生まれ、ソ連人民芸術家の称号を持つ
国民的歌手、リュドミーラ・ズィキナは
長年のホフロマ塗り愛好家でした。
ズィキナはスズランの花が大好きで、ある日工房に
「スズランをデザインしたホフロマ塗りの
食器セットを作ってちょうだい」と依頼がありました。
工房が赤、黒、緑のカラーパターンで試作したところ
緑に良く映えたスズランのデザインをとても気に入り、
その後、あれも、これも、とたくさんの製品を注文。
それが現在の「緑のスズラン」シリーズになっています。
ズィキナさんのファンはこのことを知っているので
彼女と同じ食器を使いたい!と集める人も多いのだとか。

ロシアを代表するホフロマの柄は
企業とのコラボ企画にもひっぱりだこ。

こちらは地元、ニジニ・ノブゴロドの酒造メーカーの
記念ボトル専用テーブル。
ニジニ・ノブゴロドのクレムリンをデザインした
グラスやボトルをセットする為だけに制作された
なんとも贅沢な作品です。

工場の大きな敷地にはたくさんのナナカマドが
植えてありました。
ホフロマを代表するデザインの一つですね。

ちょっとだけ町の様子を。
工房の隣には付属ミュージアムと売店があります。
そこへ行く歩道というか、休憩スペースに
お花で飾られたペアのマトリョーシカが。
学校帰りの地元の女の子たちが
きゃっきゃと語らう憩いの場になってました。


なかなかシュール(笑)